地に足の着いた継続的な活動が
福島を復興へと導く


上 昌広
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム
社会連携研究部門特任教授

被災地はほったらかしで疫学研究に精力を注ぐ福島県

 東日本大震災から1年9カ月が経った。マスコミで福島の被曝が報じられることはずっと少なくなった。 
 私は相変わらず、浜通りに通っている。そこでは、住民の放射線に対する戦いは続いている。ただ、状況は随分と変わりつつある。
 たとえば、各地から内部被曝に関する詳細な情報が発表されるようになった。2012年11月5日には財団法人ときわ会常磐病院(いわき市)が4571人の測定結果を発表した。放射性セシウムが検出されたのは19人で、いずれも10ベクレル/キロ以下であった。
 いわき市は人口33万人を抱える東北第2の大都市である。本社は工場を置く大企業も多く、大勢の子育て世代が生活している。ときわ会常磐病院の発表は地元メディアによって報道され、彼らを安心させたという。
 また、11月8日にはひらた中央病院が測定した川内村の住民384人の結果も発表された。52人で放射性セシウムが検出されたが、最高値は60代男性の21・8ベクレル/キロであった。健康に被害が出るレベルではない。
 平田村はいわき市と郡山市に挟まれた人口6700人ほどの村だ。高齢化、過疎化が進んでいる。ジンギスカン料理が有名だが、他にこれといった特色はない。「なぜ、こんな地域で内部被曝検査が進んでいるのか」と不思議に思う方も多いだろう。それは信念のある病院経営者がいるからだ。
 興味深いことに、いわき市、川内村ともに、地元の医療機関が福島県とは独立して内部被曝検査を進めている。対照的に福島県が進める県民健康調査は、情報開示を巡り、住民と軋轢を生じている。医師不足に悩む被災地はほったらかしで、疫学研究に精力を注ぐ福島県に対し住民は「福島県は全くあてにしていない」という。彼らが頼りにしているのは、ときわ会常磐病院やひらた中央病院だ。

内部被曝対策に「住民の油断」という新たな問題が浮上

 実は、福島県は大きい。面積は、東京・神奈川・千葉・埼玉の合計とほぼ同じである。しかも、山脈を介して、会津・中通り・浜通りと3つの地域に分かれる。3つの地域の気候、歴史、風土はまったく異なる。住民の一体感は希薄だ。
 また、戊辰戦争の名残だろうか、東北地方は中央政府からの投資が少なかった。例えば、九州・四国・中国地方にはすべての県に国立大学医学部があるが、福島県と岩手県には存在しない。おまけに福島県の人口は約200万人と多い。前述の3地域で福島県より人口が多いのは、福岡県と広島県だけだ。浜通りだけでも、鳥取県と人口が同じなのだから、いかに冷遇されたかわかるだろう。福島県が医療過疎になるのもやむを得ない。結局、福島県の医療は、政府に頼るのではなく、民間が主導して発展せざるをえなかった。内部被曝対策も全く同じだ。
 福島県の内部被曝対策は、民間主導により何とか進んでいる。ところが、新たな問題が浮上している。それは住民の油断だ。例えば、南相馬市立総合病院では、内部被曝検査を繰り返すように勧めている。しかしながら、一度、検査を受けて内部被曝がないことが確認された場合、自主的に次の検査を予約するのは全体の1%程度だ。チェルノブイリ原発事故で内部被曝がピークに達したのは事故後10年目。「事故当初は住民も被曝に気を遣ったのですが、だんだんルーズになりました(ウクライナ在住の研究者)」と言う。福島も状況は全く同じだ。
 現に川俣町の70歳代の住民からは約400ベクレル/キロの放射性セシウムが検出された。自生する椎茸を食べ続けていたそうだ。持参してもらったところ、14万ベクレル/キロの放射性セシウムを検出した。この老人に食事指導をしたところ、放射性セシウムは低下した。
 この事実は興味深い。福島の一部で放射能汚染が深刻だが、食事をしっかり管理することで、内部被曝を予防できることを意味する。しかしながら、内部被曝に無関心な人は一定の割合で存在する。地元の人は「自家栽培や自生する茸・椎茸を食べている人は珍しくありません」と言う。このような人たちは検査を受けておらず、その数は住民の数%にのぼる可能性もある。その場合、福島県全体では数万人が問題となる。公衆衛生上、無視できない問題である。ところが、彼らの存在はなかなか認識しづらい。メディアが報じることもない。

被災地住民と医師たちが試行錯誤を重ね被曝対策を確立しつつある

 このように、福島県の住民の内部被曝は二極化している。どうすれば、無関心な住民にアプローチできるのだろうか。内部被曝を指摘されれば、汚染食品の摂取を控えるのだから、情報提供のあり方を変えねばならない。現在、福島県では地域ネットワーク、地元メディア、市町村が一体となって取り組みを進めている。
 放射性セシウムと並び、住民の関心を集めているのは放射性ヨウ素だ。しかしながら、放射性ヨウ素の被曝は、今となっては評価できない。福島市内で除染活動を続ける曹洞宗の僧侶・阿部光裕氏は「2011年5月20日に地元で10センチ立方の土を採取し、放射線核種を調べたところ、524ベクレルのヨウ素を検出した」と言う。この事実は、事故直後、この地域には1280万ベクレル/平方メートルの放射性ヨウ素が降り注いだことを意味する。大量に放射性ヨウ素を吸い込んだ住民がいると考えるほうが妥当だろう。
 ところが、この問題に対して政府が誠実に対応してきたとは言い難い。阿部和尚は「素人の私でも放射性ヨウ素を測定できたのに、なぜ政府はやらなかったのか?」と憤る。政府・福島県は、彼らの疑問に誠実に対応したとは言い難い。
 結局、これに関しても、各地で試行錯誤が続いている。例えば、一部の研究者は携帯電話を利用して、住民の被曝量を推計しようとしている。携帯電話の位置情報とSPEEDIのデータを用いることで、被曝に関する精度の高い推計が可能になるからだ。このシステムが完成すれば、甲状腺がんのリスクの高い住民が同定できる。なぜ、こんな簡単なことを政府はやらないのだろうか。
 また、診断・治療体制の整備も進んでいる。例えば、幾つかの医療機関は超音波診断の技術を習得するため、伊藤病院などの甲状腺専門病院に技師を派遣している。さらに南相馬市立総合病院では、千代豪昭・日本遺伝カウンセリング学会理事らによる「放射線健康カウンセリング外来」を開始した。いずれも、住民が希望したときに、いつでも診察を受けることができるようにするための体制整備だ。住民の関心は自分や家族の健康のこと。専門家が時間をかけて、個別相談に応じる「放射線健康カウンセリング外来」の評判は極めていいと言う。
 福島県の放射線被害は深刻だ。長い戦いになるだろう。だが、被災地では多くの医師たちが試行錯誤を重ね、ゆっくりだが、着実に被曝対策を確立しつつある。地に足の着いた継続的な活動が福島を復興へと導く。

(2013年1月20日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.8より)

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