相次ぐ医療界の不祥事―
一連の事件には制度的陥穽がある


上 昌広
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム
社会連携研究部門特任教授

医療界は真撃に反省し、改善策を提示しなければならない

 昨年、医療界は多くの不祥事に見舞われた。研究費の不正使用、製薬企業との癒着、データ改竄。医療界は真摯に反省しなければならない。同時に改善策を提示しなければならない。そこで重要なことは問題点を正直に語ることだ。
 一連の事件は「悪徳医師と製薬企業の暴走」だけでは片付けられない。一部の人物が暴走してしまう「制度的陥穽」がある。本稿では、この問題をご紹介したい。
 まず、科学研究費補助金(科研費)の不正使用だ。事件の発端は、昨年2月、国立がん研究センターの小児科医長が私的流用で懲戒解雇されたことだ。家族や愛人に家電製品を買っていたらしい。
 その後、7月に東大、8月に国立医薬品食品衛生研究所でも相次いで不正が発覚した。東大では教授が逮捕され、東京地検特捜部が詐欺容疑で起訴した。
 この問題で特徴的なのは、不祥事を起こした組織・研究者と厚労省の距離が近いことだ。国立がん研究センターと国立医薬品食品衛生研究所は厚労省直轄組織で、幹部の一部は厚労省のキャリア官僚だ。
 不祥事を起こした研究者に共通するのは、研究実績がないのに多額の研究費を貰い続けていたことだ。たとえば、前出の小児科医長は、2002年以降、主任研究者として4回、分担研究者として6回、厚労科研に採択されている。米国国立医学図書館のデータベースで、彼の発表論文を検索すると、2002年以降に発表した筆頭、最終著者の英文論文は、それぞれ2報、3報に過ぎない。大学院生に毛が生えた程度だ。
 なぜ、こんな人物に巨額の研究費がついたのだろうか? 知人の厚労官僚は「医系技官(厚労省に勤める医師免許を持つキャリア官僚)の政策ツールが研究費の分配だから」と言う。
 わが国の医療行政の特徴は、研究費の分配を通じて誘導される側面が強いことだ。その代表が難病対策である。平成25年度予算の場合、医療費の自己負担軽減として440億円が計上されたが、出所は「特定疾患治療研究事業」だ。対象疾患は、健康局長の私的諮問機関である特定疾患対策懇談会で議論される(注:法律が改正され、助成する疾患は法定化されることになった)。難病に認定された疾患には、総額102億円の研究費が研究者に分配される。難病の患者団体が、厚労省に「研究班を立ち上げてください」と陳情に行くのは、この仕組みが原因である。
 本来、研究費と医療費助成は別問題だ。そうならないのは、厚労省の縦割りが原因だ。前述の厚労官僚は「健康保険の中でやると、健康局でなく保険局が担当します。仕切るのは医系技官から法令事務官に変わります」という。

臨床研究不正の真因は「政府による薬価統制」

 かつて、厚労省の法令事務官に「なぜ、医系技官に意見しないのか」と聞いたことがある。その返事は「多くの事務官は、医系技官とトラブルを起こして、出世に影響したくないと考えているから」だった。
 このように考えると、一連の問題の見え方も変わってくる。なぜ、不祥事が発覚した研究事業を、業績のない研究者を選んで、延々とやっていたのだろうか。それは、医系技官にとって、事業の継続が自己目的化していたからだろう。成果は二の次だから、役人が「権威があり、厚労省の言うことを聞いてくれる人に研究費をつけよう(前述の厚労官僚)」と思っても不思議ではない。
 普通の研究者は、業績を挙げ続けなければ生き残れない。ところが、1度、利権構造に食い込めば、論文を書かなくても、研究費が降ってくる。そもそも研究しないのだから、流用する輩も出てくる。この仕組みは、研究者を辞めさせただけでは解決しない。
 もう1つの問題が、バルサルタン事件に代表される臨床研究不正だ。マスコミは「医師と製薬企業の癒着」とレッテルを貼り、糾弾に熱心だ。厚労省は製薬企業を薬事法違反で告発し、製薬企業は大学への寄付金のあり方を見直すらしい。
 反省は重要だ。ただ、こんな弥縫策では解決しない。真因は「政府による薬価統制」と考えている。
 研究費による政策誘導と並ぶ医療行政の特徴は、政府の価格統制だ。医療費を中央政府が一律に決めている先進国は、私の知る限り日本だけだ。その舞台が中医協である。国会のチェックも受けない1つの審議会で、全国一律に価格が決定されるのだから、さまざまな思惑が反映される。
 平成16年には、中医協を舞台に日本歯科医師連盟による汚職事件が発覚した。その後、委員に病院代表や公益委員の枠を増やしたが、実態は変わっていない。平成20年、舛添要一厚労大臣(当時)は「中医協の診療報酬配分の決定には透明性がない」と公言している。

臨床不正はわが国の縮図。問題の解決には国民的議論が欠かせない

 製薬企業は株式会社だ。利潤を求め競争する。問題は、似た薬を複数の会社が売り、公定価格が決まっていることだ。値下げ競争はできず、他社に勝つには、営業に重点を置かざるを得ない。
 かつて、その中心は接待だった。ただ、最近は、この方法は国公立病院の医師には通用しないし、民間病院でも遠慮するところが増えてきた。
 その代わりに増えたのが奨学寄付金だ。製薬企業社員は「奨学寄付金は医師への営業経費です」と明言する。奨学寄付金の目的が営業による販売促進なら、そのあり方を透明にしても無駄だ。財団を経由した迂回寄附にするだけだろう。
 この問題を解決するには、製薬企業が公正に競争できるよう、価格統制を緩和するほうがいい。薬価の上限だけを規定し、後は各社の競争に任せたらどうだろう。医療費の節約になるかもしれない。
 接待と並ぶ、製薬企業の販促は広告だ。昨今は、一流誌に掲載された研究を、座談会や講演会の形で、著名な医師に解説してもらい、記事広告としてメディアが掲載することが多い。お金は、製薬企業からメディア、医師へと流れる。教授クラスになれば、1回で15万円程度の講演料を貰う。年収以上の小遣いを稼ぐ人もいる。国立循環器病研究センターの心臓血管内科部長は、平成17〜19年に約470回講演し、約6800万円を受け取っていたことが話題になった。
 製薬企業の広告で潤うのは、医師だけではない。より利益を受けるのはメディアだ。国民が負担する薬剤費は年間約6兆円だから、その数%が使われても膨大な額になる。
 役所による価格統制、企業と専門家の癒着、広告によるメディア支配。この構図、原発とそっくりだ。原発利権がどうやって崩壊したか。それは、国民の怒りだ。臨床研究不正はわが国の縮図。問題の解決には国民的議論が欠かせない。

(2014年1月30日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.12より)

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