あけぼの会春の大会 特別講演

乳がん治療─誰に、いつ、どの薬を、どう使うか?


清水千佳子
国立がん研究センター中央病院 乳腺・腫瘍内科 外来医長

乳がんの薬物療法は、 さまざまな状況に応じた使い方がある

 私が籍を置く国立がん研究センター中央病院 乳腺・腫瘍内科では、乳がんの患者さんの薬物療法を中心に診療しています。今日は、そのような立場からのお話をさせていただきます。
 乳がんは、乳管にできるがんです。初期の非浸潤がんは、その管の中でがん細胞が増殖しています。もう少し進行してくると浸潤がんとなり、管の壁を破り、その外側にある脂肪や乳腺に入っていきます。さらに進行すると、がんは血管やリンパ管に入り込み、その結果、骨や肺、肝臓といった場所に転移するのです。
 乳がんの手術の際に、「取り切れました」と言われた段階では、目に見える転移はないのかもしれませんが、もしかしたら肉眼で捉えることができないミクロのレベルでの転移があるのかもしれません。そのようながんが入り込んでいった先の臓器や骨で徐々に塊を形成していくと、明らかな遠隔転移として認識されるようになります。
 こうした乳がんの進行具合を臨床病期では、大きく5段階に分類しています。このステージが、薬剤による治療を行ううえで、とても大事になってくるのです。
 乳房のしこりと脇の下のリンパ節までの広がりであれば、手術という手段で、がんを取り除いて治すことが可能です。しかし、乳房のしこりが皮膚を破って出てきたり、胸壁・肋骨に食い込んでいたり、あるいはリンパへの広がりが脇の下から鎖骨の部分まで広がってくると、手術で取り切るのが難しい状況となってしまいます。また、乳がんが肺や肝臓といった遠隔臓器まで転移していると、その患者さんの乳房を摘出することに意味があるのか否かという病期になってきます。
 その点、薬物療法は、さまざまな状況に応じた使い方があります。手術が可能であれば、肉眼では捉えられない微小な転移がんを叩いて根治を目指します。局所進行乳がんであれば、がんを小さくすることで手術を可能にする局所コントロールが第一義的なものになりますし、全身のがん細胞を叩くことも期待できますので治癒を目指すことにもなります。
 ただ、遠隔臓器への転移があると、完治が難しい状況になります。その場合は、症状の緩和や延命が目的の治療になってきます。つまり、がんと上手に付き合うことが目標になるのです。
乳がんの薬物療法は、 タイミングが大事
乳がんの抗がん剤は、ホルモン療法・分子標的療法・化学療法の3つに大別できます。そこで、私が強調したいのは「ホルモン療法は、効果の期待できる人がある程度、定まっている」ということです。つまり、ホルモン療法は、ホルモン受容体を持っている人でなければ効果が期待できないのです。
加えて、分子標的療法の抗HER2療法は、抗HER2が出ているがんでなければ効果が期待できません。それに対し、化学療法、いわゆる抗がん剤や新しい分子標的療法の血管新生阻害剤やmTOR阻害剤は、効く・効かないといったマーカーがないのが現状です。
 また、乳がんに対する薬物療法の薬剤は多々あるのですが、それをいつ使うのかが大事になってきます。その「いつ=WHEN」によって選択肢が定まってくるからです。たとえば、術後薬物療法であればこの薬剤、転移・再発のホルモン療法であればこの薬剤、転移・再発化学療法であればこの薬剤……というように、タイミングと病状によって、使用する薬剤が変わってきます。
 私たち医療者が用いる「効果」という言葉は「確率の値」であり、「あなただったら絶対に効きます」と言っているわけではありません。たとえば、術後薬物療法であれば再発しない患者さんの割合・生存している患者さんの割合、術前薬物療法であれば腫瘍が縮小する患者さんの割合など、転移・再発乳がんであれば腫瘍が縮小した患者さんの割合・次の増悪までの時間の中央値・生存時間の中央値、生活の質のスコアの平均値といったように、その割合・値がより大きな治療法を「効果が高い治療」と医学的には呼んでいるのです。
 どのような病態の患者さんがどの治療によって再発を免れることができるのか、どのような病態の患者さんがどの治療をしなくても再発をしないのか、あるいは、しっかり治療をしているのに再発をしてしまうのはどのような病態の患者さんなのか……。そのようなことを見分ける術は現在のところありません。それでも、そのような見分けを可能にするために研究は数多く行われています。


講演中の清水千佳子医師

サブタイプに基づき 治療方針を考えていく

私が患者さんからよく受ける質問に次のようなものがあります。「この薬は、私のがんに合っていますか?」「私のがんは、この薬が効くタイプだと言われたのですが?」……。
 最近、がん患者さんの説明書などには「サブタイプ」という言葉が出てくるようになりました。これは、先述のホルモン受容体やHER2などのがんの性質を示す指標によって細分化したそれぞれの型です。
 そのサブタイプに基づいて、私たちはその患者さんの治療方針を考えていきます。ただ、「HOW=どう」の部分ではサブタイプだけでなく、薬剤の組み合わせ、治療開始・中止のタイミング、薬剤の用法・用量も含まれてきます。
 実臨床では、「免疫染色」という臨床病理学的なサブタイプを使っています。免疫染色は、採取した組織を特殊な染色を施してホルモン状態だけを染めたり、HER2だけを染めたりすることができます。
 一昔前は、免疫染色の10%くらいが染まっていなければホルモン受容体が陽性だとは言えないと捉えられていました。しかし、現在の基準では、ホルモン受容体が1%でも染まっていれば陽性としていいと考えている医療施設が多々あります。
また、HER2は、その染まり方が弱い患者さん・染まっている範囲が狭い患者さんは、遺伝子の検査を行ったりしています。つまり、かなり機械的に、陽性か陰性かを決めているのです。したがって、陽性・陰性のなかにも幅があるのです。

治療開始が「今」なのかをきちんと確かめるべき

先述のように、がんが進行した場合には、症状緩和と延命を目的とする治療があります。がんによる痛みなどがある場合、その症状を和らげるのはとても大事なことです。
 薬物療法によってがんが小さくなれば、がんによる辛い症状はその分少なくなるはずです。逆に、病状が進行すれば、その分症状が現れてきます。
 私たちは、広い意味で「緩和ケア」という言葉を使っています。そして、抗がん剤によって症状を抑えてしまうのは、がんと付き合って生活していくためには必要だと考えています。
それと、もちろん抗がん剤治療を行うことによって副作用が現れます。その副作用に対する対策も緩和ケアのなかに入ってくるのです。
 また、治療開始が早いほうが必ずしもいいわけではありません。たとえば、無症状のままがんが大きくなってきたら、ほとんどの方が大騒ぎされるでしょう。仮にがんが半年で数ミリ大きくなったとします。そのときに、たとえば、ホルモン療法のような比較的、体にやさしい治療法であれば、すぐに次へ次へと進めていってもいいのですが、現時点ではそれで生存期間が延びるという根拠はどこにもありません。
 その一方で、辛い症状がないところで抗がん剤治療を行えば、通院しなければいけないし、副作用が現れるし、頻繁に検査を行いますので精神的にも追い込まれてしまうケースに多々、直面するでしょう。そして、その治療が不成功に終わったら、さらに精神的ダメージを受けてしまうはずです。その結果、家庭や社会における役割が小さくなったような気がして、より落ち込むという「負のサイクル」に陥ってしまいます。もしかしたら、治療開始は「今」なのかもしれませんが、それが本当に「今」なのかを担当の先生にきちんと確かめていただきたいと思います。


「あけぼの会」主催の春の大会は5月17日、
東京都渋谷区の東京ウィメンズプラザにおいて行われた

治療は医療者と患者 さんの共同作業

 抗がん剤が効いているからといって、同じ抗がん剤を長期にわたって続けている患者さんもいらっしゃると思います。私がよく受ける質問に「いつまで抗がん剤治療をやるのですか?」というものもあります。私は、基本的には抗がん剤治療のメリハリをつけていいと思っています。
 同じ抗がん剤治療を3~4カ月の短期間で終えた患者さんと、さらにもう少し続けた患者さんとでは、無増悪期間は、後者のほうが統計学的に、若干いいという結果になっています。ただ、これは患者さんの集団のデータであって、〝あなた〟がそれをどう思うのかというのは、また別の話です。
 たとえば、海外旅行に行きたいけれども週に1回、抗がん剤治療があるから、行けないのであれば、それは患者さんにとって不幸なことなので、治療をお休みさせてあげればいいと思います。もちろん、その医療施設や主治医の考え方もあると思うのですが……。
 ですから、患者さんから「治療を止めたい」と言い出せないのであれば、「一旦、治療を止めてみるのはどうですか?」と主治医に質問してみたり、あるいはセカンドオピニオンを取ってみたりするのもいいと思います。必要以上にエビデンスに囚われ、それに振り回されないようにしてもらいたいです。
 近年、「個別化治療」という言葉がきら星のごとく登場して出てきて、多くの患者さんが「個別化治療を受けたい」とおっしゃいます。ただ、一般に患者さんが思っている個別化治療は〝オートクチュール〟なのではないでしょうか。それは、自分の体にフィットする特注の仕立服のような医療です。しかし、現在の治療は確率論でしか語れません。つまり、既製の服のなかから自分に似合う服を選ぶ〝プレタポルテ〟のような、ある程度の個別化の治療を行っているのが現況です。そのような選択肢のなかから、TPO(がんの状況・社会的状況)、体(がんの生物学的特性・体力・臓器機能・合併症)、洋服(効果・副作用・治療期間・費用)、親身なアドバイス(誠実なコミュニケーション)、フィット感(価値観)などによって治療法を選んでいくのが得策だと思います。
 治療は医療者と患者さんの共同作業。医療者は「このように生きたいのです」と意思表示していただかないと、その患者さんにとって納得度の高い治療を提供できませんし、コミュニケーションが悪くなってしまうこともあり得ます。ですから、私自身は、患者さんと対話をしながら診療を進めていくのがいちばんいいスタイルなのではないかと考えています。

(2014年7月30日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.14より)

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