シリーズ 先端医療 ―樹状細胞療法― ⑧

難治がん・転移がん向け
―往診は日本全国どこまでも―最先端の免疫細胞をたずさえた「寄りそ医」


松島修司
東京・京都統合医療ビレッジ腫瘍外来

 私が腫瘍外来を担当している東京・京都統合医療ビレッジは、難治性・進行性がんに対し、高度な免疫細胞治療や温熱治療などを駆使して改善・征圧を図る医療機関です。樹状細胞治療やリンパ球治療に代表される免疫細胞治療と、予備加熱で免疫細胞の活性を高めたり、がん細胞の増殖阻止・消失を図ったりする温熱治療を組み合わせ、効果的ながん治療を実践しています。
 当院の患者さんの多くが進行性・難治性のがんを抱え、なかには遠隔地から通院される方もいらっしゃいます。したがって、体調を崩して治療をキャンセルせざるを得なくなったり、地方に在住しているので通院を諦めざるを得ない場合も生じます。
 このような患者さんの声に耳を傾け、今から5年ほど前、私は「どこにいても、どのような状態であっても先端医療を提供したい」という思いで、遠隔地への往診をスタートさせたのでした。

在宅医療における免疫細胞治療のパイオニア

 昨今、がん医療の領域においても、ご自宅での治療を希望される患者さんが増えています。外来・入院に次いで「第3の医療」として捉えられている在宅医療には、その人に相応しい環境で、気兼ねなく毎日を送りながら医療を受けられるという大きな特長があります。
 在宅医療とは、一般的には医療者が通院の困難な患者さんの自宅、あるいは老人施設などを訪問して行う医療を指します(広義には、医療機関外における処方薬の服用や注射薬の使用なども含まれます)。その在宅医療には、訪問診療と往診があります。前者が定期的に行う在宅医療であるのに対し、後者は急変時や要望によって臨時に行う在宅医療です。
 その意味では、私が行っている往診は、訪問診療の側面も持ち合わせているのかもしれません。というのは、通院困難な患者さんの要請によってご自宅で診療を始め、それ以後は定期的にご自宅で治療を行っているからです。いずれにしても、免疫細胞治療を往診でも行っているのは、当院だけではないでしょうか。
 当院において往診がスタートしたきっかけは、関西在住のある患者さんのご家族からの要請でした。その患者さんを仮にAさんとします。
 Aさんは、当初、東京にある当院を受診されました。わざわざ遠方より当院に来院されたのは、免疫細胞治療と温熱治療を同時に受けることができる数少ない医療機関だったからだそうです。
Aさんに対する最初の治療は、頸部の腫瘤に対し、3次元立体温熱治療であるパルスターゲット(=ドミノ型キュービック照射)の照射でした。この温熱治療が奏功し、「ぜひとも2回目の温熱治療を受けたいのだが、自宅まで往診してほしい」という要請があったのです。
 それに応えるかたちで、私は治療器械をたずさえてAさんのお宅へ向かいました。Aさん宅に到着した私は、初めての往診にいささか戸惑いを覚えました。なぜかといえば、それまでの私は免疫細胞治療にしても温熱治療にしても、クリニック内でしか行ったことがなかったのです。通常、院内であれば、看護師をはじめとするスタッフと共に患者さんに対応します。しかし、基本的に往診は1人ですので、当然、点滴に関することも含め、すべて自分で行わないとなりません。
 ただでさえ、難治性・進行性のがんを抱えた患者さんの体調は良くないのに、そのなかでも往診を希望される方の状態が芳しいはずがありません。ですから、Aさんの静脈に針を刺すとき、のしかかってくるプレッシャーをはねのけながら治療をスタートさせたのでした。


プルミエールクリニックでは日本全国、遠隔地への往診を行っている

表出していない患者・家族のストレスや不安を解消させる

 免疫細胞治療にしても、温熱治療にしても、あるいはその併用にしても、往診を望んでいる患者さんは少なくありません。当院が往診を行うことをホームページなどで案内すると、体調や距離という条件に阻まれ、これらの治療を受けることを諦めていた患者さんやそのご家族からの問い合わせが徐々に増えてきました。自ずと私が治療器機を抱えて患者さん宅にうかがう機会も多くなっていったのです。
 往診を重ねていくなかで、当初、私のなかにあった「戸惑い」は霧散し、患者さんやご家族が置かれている状況を把握することが自然にできるようになっていきました。それは、たとえば、ご自宅の散らかり具合から、ご家族が看病以外に手が回らない状況にあることや、自由診療を受けることに賛成していないご家族・ご親戚がいらっしゃることなどです。したがって、ご家族が疲弊していれば、極力、ストレスを取り除いてあげるように努めたり、ご親戚が治療に懐疑的であれば、可能な限り、信頼を得られるような説明をしています。患者さんは家族・親戚に後押しされながら自分が選択した治療に専念したいはずですし、私たちは専念できる環境を整えるべきなのです。

免疫細胞治療の進歩と比例し、重要になってきた往診の役割

 私が往診をスタートさせてから、早いもので間もなく5年になろうとしています。この間、免疫細胞治療や温熱治療の進歩は目を見張るものがあります。とりわけ免疫細胞治療に関しては、当院の付属研究所でも研究を重ねていました。その結果、樹状細胞・リンパ球を用いた最新の治療法として、超特異的リンパ球群連射治療や分子標的樹状細胞治療の開発に成功したのです。
分子標的樹状細胞とは、サイトカイン・人工抗原・分子情報・免疫賦活剤などを用いて分子標的薬に近い働きを持たせた樹状細胞です。この細胞を用いた治療によって、しっかりとがんを捕捉したり、全身の血管を巡りながらがんを叩くリンパ球にエネルギーを供給したりすることができるのです。
 超特異的リンパ球は、進行して性質が悪くなったがんのヘテロ性に対応できるように改良したリンパ球です。従来のリンパ球が1つのがん抗原(がんの目印)にのみCTL(細胞殺傷性T細胞)を誘導しているのに対し、超特異的リンパ球は3~4種類のCTLを同時につくるように改良され、さまざまなタイプのがんへの連射攻撃が可能になったのです。
 こうした最新の免疫細胞治療の効果をより高めるためには、最適のタイミングで行うことが大切です。その意味でも、往診によってタイムリーな免疫細胞治療が可能になったと自負しています。当院において往診の果たす役割は、ますます大きくなっていくことでしょう。

臓器を見るより、人を視ていたい

 「寄りそ医」——。往診を重ねていくなかで、私の心に引っかかってきたキーワードです。この言葉は『寄りそ医』という書籍のタイトルで、そのノンフィクション作品のなかでは、1人の医師が赴任先の村人との交流から多くを学び取り、地域医療の問題に取り組んでいきます。その主人公は、「患者第一」に考えれば自分のプライドをかなぐり捨てられたり、患者さん宅の軒先の様子を見ただけでその日の体調を推察できたりと、まさに患者さんに寄り添う医療を展開していました。
 私の場合、患者さんに寄り添う医療の大切さは、外来、あるいは電話でお話ししているときも実感しています。そのうえで、とくに患者さん宅において1人で診療を行うとき、「寄りそ医」という言葉が頭の中に浮かんでくるのです。
 私が往診する患者さんには、それぞれの地域の基幹病院における主治医がいます。「患者第一」という視座であれば、主治医との連携も大切ですし、仮にそれができない場合でも、「3分診療」と言われて多忙をきわめる主治医に代わって、地元で受けている治療や検査結果などに関しても納得のいくまで説明するように努めています。
 また、医者であれば誰もがその中に〝ふたり〟の医療者が存在しているそうです。〝ひとり〟が自分の技術や知識を究極まで高めたいという願望を持つ「究めた医」。そして、もう〝ひとり〟が先述の「寄りそ医」です。
 よく考えれば、いや、よく考えるまでもなく、私の中には「究めた医」よりも、「寄りそ医」としての比重が多いと感じています。そして、往診時に出会った在宅医療に携わる何人かの先生方からも「寄りそ医」としての雰囲気を感じ取ることができます。そんな私たちに通底するのは「臓器を見るより、人を視ていたい」という思いなのでしょう。
 医療の世界には、豊富な診療実績を誇る名医や「神の手」を持つスーパードクター、さらには医学を進歩させる研究者もいます。とても素晴らしい方々です。ただ、私の場合は、大病院での出世には関心がなく、机の上で論文を書くことも研究室に閉じこもることも苦手です。かといって、他人と流暢な会話をすることも得意としていません。
 それでも、往診を重ねるなかで、私なりの医者としての方向性が見えてきたのです。それは、目の前の患者さん、あるいはそのご家族の心に少しでも寄り添うことができる医者になることです。思い返せば、私がそのような医者になりたいと思うに至ったのは、中学生のときに出会った1人の医師の影響もあるのでしょう。
 あれは、高校受験シーズンに突入していた中学3年生の秋でした。突然、ペンを握ることがままならなくなってしまったのです。地元の病院、大学病院を受診してもその原因はわからず、ようやく他の大学病院において「ギラン・バレー症候群」という運動神経が障害されて四肢に力が入らなくなってしまう病に罹っていることが判明しました。
 その病院での入院生活は半年ほどに及びました。この間、研修明けの若い男性の先生が、勤務時間外に勉強を教えてくれたり、休みの日に病室に立ち寄ってくれたりしていたのです。私はどれほど勇気づけられたことか……。病気が治って退院した私には、漠然とした目標ができていました。あの先生みたいな医者になりたい、と。
 こうして私は医者になり、当院において、自分なりに寄り添う医療を実践できるようになったわけです。そして、幸いにして当院には付属の研究所があります。
 研究所で日夜、免疫細胞の培養や治療の開発に注力している研究員には、私が外来や往診のなかで感得した患者さんが望んでいることを伝達し、それを新しい免疫細胞治療の開発のヒントにしてもらう。その結果、科学的に裏付けされた新たな免疫細胞治療が開発され、それを患者さんに還元する。
 そんなサイクルの完成に向け、これからも私は先端医療をたずさえ、日本全国の患者さん宅で「寄りそ医」を実践していきます。

(2013年1月30日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.8より)

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