シリーズ 治療効果をプラスする「最新のがん治療」

~さまざまながん種に対する免疫細胞療法の効果~
第5回 大腸がん


加藤洋一
新横浜かとうクリニック院長

 私が院長を務める新横浜かとうクリニックでは、通院抗がん剤治療や免疫細胞療法、温熱治療、がん遺伝子検査などを駆使し、がん患者さんへの治療を行っている。その治療のコンセプトは「治療効果をプラスする治療法がある」。つまり、標準治療に他の治療をプラスし、少なくとも生存率を70~80%まで引き上げることを目指しているのだ。その切り札の1つである免疫細胞療法として、活性化リンパ球療法、がんペプチドを使った樹状細胞ワクチン療法、WT1 CTL療法などを実践している。
 本連載では、これらの免疫細胞療法がそれぞれのがん種にどのような効果をもたらしたのか、というがん種別の症例を治療方針と共に紹介していく。第5回は前回に続き、近年、増加傾向にある大腸がんを取り上げた。

樹状細胞はマクロファージの〝遺言〟をリンパ球に伝える

 抗原提示細胞(リンパ球にウイルス・がんなどの情報を伝える細胞)である樹状細胞は、1973年に発見された。他の細胞と比較してその存在がわかってから、それほど歳月が経過していない細胞だと言える。それでも、脈々と樹状細胞はヒトの体内で「免疫の記憶」に携わる働きを続けてきたのだ。
 免疫のシステムを簡単に説明する。
 侵入してきた細菌やウイルスから体を守っているのが「マクロファージ(大食細胞)」である。マクロファージは、細菌やウイルス、がんをアメーバのように取り込んで食べて溶かしてしまう。また、細胞から出るゴミ、壊れた細胞の残骸といった体の老廃物を処理する〝掃除屋〟としても働いている。その機能を強化・単純化した細胞が「好中球」である。
 マクロファージと好中球の働きは、「温かい免疫(hot immunity)」と呼ばれている。風邪をひいて熱が出る、傷が腫れる、といったものは、これらの細胞の働きによるものである。
 マクロファージは、抗原提示という機能も持ち合わせている。細菌やウイルス、がんを食べてしまうマクロファージだが、外敵の数が多くて手に負えなくなると、リンパ球に細菌やウイルス、がんの情報を伝達する。すると、リンパ球は、マクロファージが処理しきれない細菌やウイルス、がんを退治するのである。
 ただし、マクロファージは、働きまわった後に死んでしまう。その場合、外敵の記憶が体に残らないことになるが、マクロファージはその前に白血球の一種である単球を引き寄せ、その情報を教え込む。そして、単球はマクロファージの〝遺言〟を持ってリンパ球に移動し、長い突起を出して木の枝のように広がっていく。
 単球が変化した樹状細胞は、マクロファージの〝遺言〟をリンパ球に伝える。すると、リンパ球は活性化して全身に広がり、残りの外敵を退治するのである。

免疫細胞療法を行ううえでの治療方針

 先述のように、樹状細胞は教え込まれたがんの情報からがん免疫を起動するといった、がん免疫システムにおいて重要な働きを担っている。
 当クリニックで実施しているがんペプチドを使った樹状細胞ワクチン療法は、がん細胞の抗原情報をがんペプチド(がんの特異的抗原)として認識する樹状細胞の特質を活かした治療法である。けれども、あくまでも樹状細胞ワクチン療法は、がん治療の選択肢の1つとして捉えている。抗がん剤による治療が効を奏していればそれを続けるべきである。ただし、抗がん剤の副作用が出てくるだけであれば抗がん剤治療を中断する。あるいはその休薬時期に樹状細胞ワクチン療法を行うのが得策となってくる。
 いずれにしても、樹状細胞ワクチン療法は、患者さん自身の免疫力をアップさせるので、他の治療法と併用しやすい。とりわけ、活性化リンパ球療法(患者さんから採取したリンパ球を約1000倍に増強させて体内に戻す治療法)との相性は抜群である。
 樹状細胞ワクチン療法の効果を高めるポイントは、その培養のために患者さんの体内から血液を採取する時期にある。抗がん剤は白血球を減少・損傷させる。したがって、抗がん剤治療を受けている患者さんであれば、樹状細胞培養のための採血は次回の抗がん剤投与の直前、つまり白血球が最も多くて状態のいいときに行うとよい。
 また、先述のWT1CTL療法とは、WT1抗原(小さなタンパク質のペプチドで、多くのがん細胞が持っている抗原)を認識した活性化リンパ球(WT1CTL:WT1特異的Tリンパ球)を用いた治療法である。
 がんを認識したリンパ球は、通常の活性化リンパ球に比べてがんに結合しやすいので、より高い効果が期待できる。ただし、その患者さんのがんがWT1抗原を持っているのか否か、HLA(ヒト白血球抗原)ががんワクチンに結合する型か否かの検査が事前に必要となる。
 当クリニックでは、免疫細胞療法に加え、がん性疼痛緩和のための温熱療法や副作用の少ない抗がん剤治療、がん遺伝子検査などを用いて、標準治療よりも効果が期待できる治療法を選択肢として提示している。その際、初診時に現在の病状やそれまでの治療などを聞くようにしている。そうすることで、それまでの病気に対する治療法のタイミングの良し悪しを判断し、その状況下における最高のタイミングで治療をスタートさせることができるからである。
 がんのなかでも、とくに進行がんや再発・転移がんの場合は、治療開始のタイミングが、後々、大きな差となって表れる。良いタイミングを掴むことができれば、それが好結果に結び付く可能性が高い。したがって、私は「『最新のがん治療』をプラスする」ということに加え、「治療を加えるタイミング」も重視している。

進行性大腸がんに免疫細胞療法が奏効

 今回のテーマである大腸がんの標準治療としては、手術・放射線・抗がん剤による治療が確立されている。早期であれば、内視鏡的治療と外科的手術治療とに分けられる。放射線治療には、術後の再発抑制や術前の腫瘍量減量、切除不能転移・再発大腸がんの症状の軽減を目的とした緩和的放射線療法、肛門温存を目的とした補助放射線療法などがある。抗がん剤治療には、進行がんの手術後に再発予防を目的とした補助化学療法と、根治目的の手術が不可能な進行・再発がんに対する生存期間の延長およびQOL(生活の質)の向上を目的とした治療法がある。
 大腸がんに対し、有効かつ現時点で国内にて承認されている抗がん剤としては、フルオロウラシル(5–FU)+ロイコボリン(アイソボリン)、イリノテカン、オキサリプラチンなどが挙げられる。5–FUはロイコボリンとの併用が多く、イリノテカンやオキサリプラチンとも併用されるケースが増えている。イリノテカンは、単独、もしくは5–FU/ロイコボリンと併用される。
 こうした標準治療では効果を得られない患者さんが、当クリニックを受診する。そして、標準治療に「最新のがん治療」をプラスすることが得策だと判断した場合、患者さんとの話し合いのうえで免疫細胞療法を行う。今回は、そのなかで大腸がんに関する5つの症例を紹介する。
 Aさん(30歳代・女性)は、2012年3月に下腹部痛を覚え、神奈川県内の病院を受診。検査の結果、上行結腸がん・多発リンパ節転移・両側卵巣転移・腹膜播種・がん性腹膜炎が見付かり、ステージⅣの診断を受けた。
 Aさんに対する抗がん剤の治療としては、mFOLFOX6(フルオロウラシルとロイコボリンを組み合わせた治療に、オキサリプラチンを同時併用する治療)が予定されていた。しかし、腹膜播種やがん性腹膜炎には抗がん剤が効きにくいため、当クリニックにおいてがんペプチド樹状細胞ワクチン療法を行うことになった。
 Aさんには抗がん剤とWT1ペプチドワクチン樹状細胞療法(1クール5回)を交互に投与した。すると、3回目の投与からCEA(消化器がんに用いる腫瘍マーカー)が120から99まで低下し、GRN(グラニュライシン=リンパ球数とがん免疫活性度を表す数値)値が2・1から4・8まで上昇し病状は安定してきた(図1)。


図1

 Bさん(70歳代・女性)は、2010年7月、健康診断において便潜血反応が認められた。精密検査を受けたところ、上行結腸がんの診断を受けた。同年9月には病巣を切除。病期はⅢbであった。
 11月中旬よりmFOLFOX6を10コース実施したものの、手足症候群(抗悪性腫瘍剤の副作用として見られる皮膚症状)が強く、抗がん剤治療を中止。その半年後にはリンパ節転移が認められ、FOLFIRI+パニツムマブを投与したものの、やはり副作用が強く、抗がん剤治療を中止した。
 そして、当クリニックを受診し、MUC–1(人工抗原)がんペプチド樹状細胞ワクチン療法を1クール行った。その結果、CEAが正常値に、GRN値が3・5から4・5まで上昇。病巣は退縮した(写真1参照)。現在は、他の医療機関でFOLFOX+ベバシズマブを用いた治療を受けている。


写真1

 Cさん(70歳代・女性)は、2010年12月、健康診断で肝腫瘤が見付かり精密検査を受けたところ、上行結腸がんと肝転移があるステージⅣの診断を受けた。そして、大腸がんの摘出手術後に肝臓がんの摘出手術を行った。しかし、高齢で体力が乏しかったため抗がん剤による治療は行わなかった。
 1年半後に多発肺転移と肝転移が認められ、抗がん剤治療を始めた。だが、副作用が強くてその治療を中止。当クリニックを受診し、WT1+MUC–1がんペプチド樹状細胞ワクチン療法を1クール行った。その結果、CEAは48から6まで低下し、GRN値は3・1から4・2まで上昇。病巣も退縮した(写真2参照)。


写真2

 Dさん(60歳代・男性)は、2009年3月に極度の便秘のために神奈川県内の病院を受診した。検査の結果、直腸がんと肝転移、リンパ節転移が見付かった。ステージⅣの診断であった。
 同年5月から東京都内の大学病院でFOLFIRIによる治療を始めたが、副作用のため3カ月間で中止を余儀なくされた。そして、同年8月からは、FOLFOX+ベバシズマブを投与して半年で病巣の一部が退縮した。しかし、その後に増大したため、当クリニックを受診。
 当クリニックでは、WT1がんペプチド樹状細胞ワクチン療法と活性化リンパ球療法を1クール行ったところCEAは3048から500以下まで低下し、病巣も退縮した(写真3参照)。


写真3

 Eさん(60歳代・男性)は、2010年に大腸がんがステージⅢaの状態で見付かった。術後に抗がん剤治療を行ったが、約8㎝の局所再発が認められた。それほど日を置かずに抗がん剤治療を再開したが効果が乏しく、他の抗がん剤に切り替えた。しかし、その抗がん剤も効果が現れなかった。
 そのため、Eさんは当クリニックに来院し、WT1+MUC–1がんペプチド樹状細胞ワクチン療法を1クール併用した。その結果、腫瘍マーカーも低下し、GNR値も上昇。手術が可能になり、摘出手術を受け、現在も治療を継続している。
 今回、焦点を当てた大腸がんの患者さんに限らず、当クリニックを受診する方は、進行・再発したがんを抱えている場合が多い。がんの治療において、ステージⅢ~Ⅳといった進行期の場合は、早期のものと同じ治療を受けても5年生存率が50%以下になってしまう。そこで、本連載のテーマでもある「『最新のがん治療』をプラスする」ということになるのだが、私は標準治療に、活性化リンパ球療法、がんペプチド樹状細胞療法、WT1 CTL療法などをプラスし、生存率を引き上げたいと考えている。

(2012年10月20日発行 ライフライン21がんの先進医療vol.7より)

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